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ヘッツァー

【第74回】ヘッツァー <駆逐戦車>


 ヘッツァーは、第二次世界大戦時のドイツの駆逐戦車。ドイツ語では Jagdpanzer 38(t)と呼ばれる。ヘッツァーは実質的に戦車ではなく、自走能力を持った対戦車砲で、機動性はよくなかったが、ドイツ駆逐戦車の最高傑作という見方もある。愛称のヘッツァーはドイツ語で「狩りの勢子」という意味。

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小型なれど高性能

▲初陣で失われ、修理後ポーランド国内軍に使用されるヘッツァー初期型。車体前面に書かれた「Chwat(フファット)」は愛称で、本車を回収した下士官の名からとられたもの。

 ドイツは、既存の戦車シャシーを転用して対戦車自走砲とする改造を行い、マルダーIIIなど、そこそこの成功作を生み出してきた。ただし、こうした転用作品は総じて姿勢が高く、鈍重で見かけにも洗練を欠き、いかにもにわか仕立てを思わせる戦闘車両が多かった。一方、各種の突撃砲も対戦車自走砲に転用することができ、1943年には突撃砲の流れを汲む軽駆逐戦車の製作が決定された。そのベースには、38(t)戦車のシャシーが使用されることになった。
 こうして誕生したのが、数あるドイツ駆逐戦車の中でも最高傑作に数えられるヘッツァー(制式名称Jagdpanzer 38(t) Für 7.5cm Pak39、またはSdKfz138/2)である。この駆逐戦車は、38(t)戦車の基本エンジン、サスペンション、駆動装置に、乗員4名の防護力強化のため内側に傾斜した装甲車体を組み合わせたもので、兵装は75mm戦車砲の改良版と車体上部の機関銃1挺であった。ヘッツァーの生産は1943年末からプラハで始まった。
 実戦で使用された結果、この砲とシャシーの組み合わせは理想的であることが判明した。ヘッツァーは小型かつ低姿勢であると同時に、重防備と良好な路外走行性能を備え、主砲は最大級重戦車を除くほとんどすべての連合軍戦闘車両を撃破することができた。逆にヘッツァーは小型であるがゆえに、敵の砲手の視界から完全に隠れることも可能であった。

ヘッツァーの派生型

▲ヘッツァーの派生型であるスイス陸軍のG13

 前線からの相次ぐ要求に従って、1944年の後期には、生産される38(t)戦車の車体がすべてヘッツァー生産プログラムに振り向けられるようになっていた。ヘッツァーの生産は、1944年に工場が占領されるまで継続し、この時点までに1,577両が製造された。また、38(t)火炎放射戦車や38(t)軽戦車回収車などの派生型も作られた。
 ヘッツァーの歴史は1945年では終わらず、戦後まもない1947年から1952年にかけて生産が再開された。これらはチェコスロバキア陸軍とスイス陸軍に供給され、スイスでは1970年代まで使用された。
 戦時中には、ヘッツァーをベースとした各種の火砲搭載車両が製作されて評価試験に供された。中でも、制退機構を省略して車体前面装甲で反動を直接受け止めるというコンセプトは、ある程度の成功を収めた。ほかにも、150mm歩兵榴弾砲を搭載した突撃榴弾砲型など、類似車両の評価試験もいくつか行われている。ただし、生産ラインは標準型ヘッツァーの製造を最優先としていたため、これらの試作車両はいずれも量産には至らなかった。
 ヘッツァーはドイツ駆逐戦車の最高傑作の一つという見方もある。サイズは小型ながら強力で、生産や運用の費用も大型の戦闘車両に比べてはるかに経済的だった。ヘッツァーの車高は人間の身長より少し高い程度だったにも関わらず、遭遇しうる戦車をほとんどすべて撃破する能力を備えていたのである。

諸 元

ヘッツァー
乗員:4名
寸法:全長6.20m、全幅2.50m、全高2.11m
エンジン:出力150〜160馬力のプラガAC/2800ガソリン・エンジン1基
重量:14,500kg
性能:最大路上速度39km/h、最大路上航続距離250km、渡渉水深0.9m、登坂能力57%、越堤能力0.65m、越壕能力1.3m

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2019/02/27


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