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巡航戦車センチネルAC

【第86回】巡航戦車センチネルAC <戦車>


 センチネル巡航戦車は、第二次世界大戦中のオーストラリア軍によってヨーロッパ戦線用にデザインされた戦車である。巡航戦車センチネル、巡航戦車Mk.I センチネルなどとも言う。戦争を太平洋地域へ拡大しようとする日本の脅威や、日本のオーストラリア侵攻へのおそれからも製造された。

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AC1の登場

▲センチネルAC1は全鋳造製車体や大口径砲の装備など、極めて革新的な設計上の特徴を有していた。

1939年当時のオーストラリア軍には実質的に近代的戦車がなく、また戦車生産に必要な重工業技術もほとんど持ち合わせていなかった。しかしオーストラリア政府は、大量の重兵器を海外から輸入することは好ましくないと考え、自国生産に踏み切った。オーストラリア陸軍はAC1(オーストラリア巡航戦車1の意味)の仕様書を発行し、この戦車では2lb(40mm)砲1門と7.7mm機関銃2挺を装備するほかに、アメリカ製M3戦車の構成部品をできるだけ流用することが求められた。動力機関には、3基のキャディラック製自動車エンジンを結合したものが使われ、厚さ25〜65mmの鋳造製装甲が多用されることとなった。これに続く2番目のモデルとして発展型のAC2も検討されたが、こちらは計画のみに終わっている。

 初期型のAC1は1942年1月に完成し、その後「センチネル」と命名された。計画開始から戦車が実際に製造されるまでにかかった期間は、わずか22か月であった。AC1戦車は1942年に少数が生産されたが、2lb砲では火力が弱く、急いで設計されたために、まだ改善すべき初期問題を抱えていると判断された。しかし全体的には、センチネルは非常に堅実な設計で、自由度が高く、改修の余地を十分に残していた。
 1942年8月、シドニー近郊のチュローラ戦車製造会社で量産が開始された。これらの建物は試験場としても使用された。他の戦車の設計から取り入れられる個所には、既存の部品を用いた。また、当時のオーストラリアが持っていた機械加工能力に適合させるため、必要な場合には部品を単純化した。車体と砲塔は一体成型の鋳造であった。この時代、その技術はほかの戦車には用いられていなかった。

大口径砲の搭載

▲作戦を実施する機甲部隊には配備されなかったセンチネルAC3。

 発展性の高さを生かして、続いて計画されたセンチネルAC3には2lb砲の欠点を克服すべく、より火力を増強し、より改善されたデザインをとることで装甲防御に優れたより火力を増強し、より改善されたデザインをとることで装甲防御に優れた25lb(87.6mm)砲が搭載された。25lb砲はすでに野戦砲として現地生産されていたが、この砲は装甲貫徹力が十分ではなかった。そこで、1943年半ばに17lb(76.2mm)対戦車砲がセンチネルAC4試作車に搭載されたが、この時点で日本軍がオーストラリアに侵攻する可能性はほとんどなくなっていた。また、大量のM3およびM4戦車が日々アメリカの生産ラインから送り出されて需要を満たしていたことから、センチネルの生産は、他の優先事項に工業生産力を割り当てるため1943年7月に中止された。
 センチネル・シリーズは生産面だけでなく設計面でも優れた戦車であり、全鋳造製の車体や、25lb砲または17lb砲といった大口径砲の採用は、当時の設計思想の先端を行くものだった。しかしセンチネルは、結局オーストラリア機甲部隊の訓練用として使用されるにとどまった。
 完全なAC3はキャンベラにあるオーストラリア戦争記念館のトレロアー技術センターやケアンズのオーストラリア陸上兵器博物館に保存されている。

諸 元

センチネルAC1

乗員:5名
寸法:全長6.33m、全幅2.77 m、全高2.56m
エンジン:合計出力330馬力のキャディラック・ガソリン・エンジン3基
重量:28,450kg
性能:最大路上速度48.2km/ h、最大路上航続距離322 km、越壕能力2.44m
兵装:2lb(40mm)砲1門、7.7mm機関銃2挺

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2020/02/27


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