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カール臼砲用弾薬運搬車

【第88回】カール臼砲用弾薬運搬車 <自走砲>


 カール自走臼砲は第二次世界大戦時にドイツで開発・製造された、60cmもしくは54cmという超大口径の臼砲を搭載する自走砲である。「カール」の名は本砲の開発に携わったカール・ベッカー将軍に因む。試作車も含め計7輛が製造された。

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カール自走臼砲の誕生

▲カール自走臼砲(中央)と弾薬車(左奥)。

 1937年、ドイツの設計チームはカール自走臼砲と呼ばれる巨大な要塞破壊兵器の開発に着手した。数あるドイツ火砲の中でも最も特殊な部類に属する短砲身臼砲は、大型の装軌車両に搭載して、ある程度の機動力を持たせることになっていた。ただし、寸法と重量が大きすぎたため、機動力はごく限られたものだった。しかし設計チームは、カールの計画を作成するにあたって、弾薬補給の問題を忘れていたのである。しかし、彼らはすぐに見落としに気づき、カールが展開するあらゆる場所に移動可能な専用の弾薬運搬車を製造することにした。カールと同じく、この運搬車も装軌式で、カールが発射する巨大なコンクリート破壊弾(重量2,170kg、口径60cm)を運べるように大型でなければならなかった。なお、カールの後期型では、口径54cmで1,250kgの弾薬を発射するものも用意されていた。

 カール用の弾薬運搬車のベースにはIV号主力戦車が選択され、カール臼砲用弾薬運搬車(Munitionsschlepper für Karl-gerät)と名づけられた。この型は改造ではなく、新たに製作されたもので、戦車の基本車体、サスペンション、その他の構成部品を使用し、通常の砲塔に代えて車体上面を覆うプラットフォームが取り付けられた。プラットフォームの前部には吊り上げ重量3,000kgのクレーンが左側に寄せて配置され、回転式のジブは通常後ろ向きに収納された。主プラットフォームは弾薬積載区画として使用され、弾薬2〜3発を収納できた。この区画には小さな金属製の側面板が装着されていたが、これらは戦場では取り外されることが多かった。
 なお、兵器としての名称は「カール」であるが、製造された車両にはそれぞれ固有の名がつけられている。

運用と実践

▲54cm砲を搭載したカール自走臼砲。それぞれの傍らには弾薬車が随伴している。

 多くの場合、カールの装備一式は鉄道を使って移動した。カールの部品は列車に載せて運ばれ、これに2両の無蓋貨車を連結して、標準定数2両の弾薬運搬車を一緒に搬送した。
 カールは目的の射撃位置に近づくと組み立てられ、その後正確な射撃位置に移動する。弾薬はガントリーまたは弾薬運搬車に装備されたクレーンによって列車の有蓋貨車から取り出され、運搬車は次に射撃位置まで移動し、カールの砲尾の隣に駐車して、クレーンを使って砲尾の装弾トレイに弾薬を直接積み込む。クレーン自体にも弾薬取り扱い専用の掴み手が使用されていた。装填した弾薬が発射されると、運搬車は次の弾薬を供給した。
 カールの移動に用いられたのは鉄道だけでなく、カールを比較的軽量のパーツに分解して道路上を牽引する方法もあった。しかし、現地でカールを組み立てるのは時間もかかり、非常に骨の折れる作業であった。路上牽引の場合、弾薬運搬車は装輪トレーラーに載せられて大型のハーフトラックに牽引された。
各カール「列車」には、トラック2両、参謀用の軽車両2両、カール操作員を輸送する12tハーフトラック最低1両が含まれていた。
 第二次世界大戦中、カール自走臼砲と弾薬運搬車の出番はそれほど多くなかった。それでも、1941〜42年のセヴァストポリ包囲戦ではソ連の要塞に向けて発射され、1944年のワルシャワ戦ではポーランド蜂起勢力に対して使用された。

諸 元

カール臼砲用弾薬運搬車
乗員:4名
寸法:全長5.41m、全幅2.88m
エンジン:出力300馬力のマイバッハHL120 TRM 液冷ガソリン・エンジン1基
重量:25t
性能:最大路上速度39.9km/ h、最大路上航続距離209km

公開日 2020/04/27


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