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パナールEBR

【第90回】パナールEBR <装甲車>


 パナールEBR装甲車は、パナール社が開発・製造した偵察戦闘車(装輪装甲車)である。75mm砲装備のEBR 75と90mm砲装備のEBR 90がある。 EBR装甲車の大きな特徴の一つは、八輪ある車輪のうち中央寄りの四輪を持ち上げることが可能で、必要に応じて四輪式車両にも八輪式車両にもなれることだ。

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EBRの誕生

▲EBR装甲車。

1950年以降にフランス陸軍の標準重装甲車となったパナールEBR(装甲偵察車両)8×8車両は、その設計の起源を第二次世界大戦前にさかのぼることができる。1937年、パナール・エ・ルヴァソール社は、新しい装甲車の設計作業を開始した。この車両の目指すところは、当時フランス陸軍が使用していた4×4車両よりも不整地機動性に優れていることであった。1939年、25mm機関砲1門と7.5mm同軸機関銃1挺を装備する最初の試作車が完成したが、この車両の最も特異な点は、牽引力を向上させるために、8個の車輪のうち中央部の4個(片側2個ずつ)に鋼鉄製のリムが装着されていたことである。これらの車輪は、路上走行時には接地しないよう引き上げられ、不整地走行時には再び下げるようになっていた。車輪の上げ下げは、操縦手が油圧/空気圧ユニットを使用して行った。

 第二次世界大戦後、フランス陸軍は新型重装甲車の要求書を発行し、国内企業からのいくつかの提案を検討した結果、8×8車両の製造契約をパナール・エ・ルヴァソール社に、6×6車両の製造契約をオチキス社に与えた。両社はフランス陸軍の評価に向けて試作車を製作し、最終的にパナール・エ・ルヴァソール社の車両がEBRとしてフランス軍に選択された。
 EBRの最初の量産車両は1950年に完成し、生産は1960年まで続いて合計1,200両が作られた。

EBRの構成

▲前面から見たパナール。

 EBRでは、操縦手が車体前部に、車長と砲手が中央部に、副操縦手が後部に座り、エンジンは床下に配置されている。砲塔はFL-11で、90mm砲と7.5mm同軸機関銃、それに2列の電子制御式煙幕発生装置が備えられている。この砲塔は揺動型であるため、砲は上部に固定されており、砲塔下部で俯仰および旋回を行う。90mm砲は、初速640m/secの対戦車榴弾(HEAT)、635m/secの榴弾(HE)、750m/secの発煙弾、近接防御用のキャニスターなどの固定弾薬を発射できる。携行弾薬数は、90mm弾が43発、7.5mm弾が2,000発である。前部と後部の操縦手にもそれぞれ固定式の7.5mm機関銃が用意されているが、これはEBR独自の珍しい特徴である。
 一部のEBRにはAMX-13軽戦車のFL-10砲塔(75mm砲装備)が採用されたが、この場合は2個のリヴォルヴァー式マガジンで砲への給弾が行われる。マガジンには各6発の砲弾が収められ、計12発を素速く発射することができるが、マガジン内の弾薬を撃ち尽くしたら、乗員が車外に出て手動で再装填する必要がある。FL-10を装備した場合の主な欠点は、車重が15tを超えてしまうこと、車高が高くなって戦場で発見されやすくなることなどである。
 EBRはフランス陸軍に納入されたほか、モーリタニア、モロッコ、チュニジアにも輸出された。パナール社は、同一のシャシーを利用して装甲兵員輸送車型のEBR VTTも開発し、この車両は少数がポルトガルに輸出されて、主として国内治安維持任務に使用された。最終的にEBRは1987年にフランス陸軍から退役した。

諸 元

EBR

寸法:全長(主砲含む)6.15m、全幅2.42m、全高2.32m
エンジン:出力200馬力のパナール液冷12気筒ガソリン・エンジン1基
重量:13.5t
性能:最大路上速度105km/h、最大路上航続距離650km、登坂能力60%、越堤能力0.4m、越壕能力2m

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2020/06/29


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