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ラヴォーチキンLaGG-1/LaGG-3 

二度の世界大戦時から冷戦期、そして現代に至るまで、大空を縦横無尽に駆け巡った戦闘機、爆撃機、攻撃機などの主要軍用機を紹介します。


 LaGG-1は、ソ連のOKB-301設計局が開発した単発単葉の戦闘機である。配備を急ぐ軍によって試作の段階で運用されたことから散々な悪評を得たが、後に改良された新たな型がLaGG-3として空軍や海軍航空隊で運用されるようになる。

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LaGG-1

▲フィンランド空軍のLaGG-3。

 1938年、ソ連のセミョン・ラヴォーチキンは、V・ゴルブノフ、M・グドコフと設計チームを組み、1940年3月30日にI-22試作機を初飛行させた。この機体は後に、3人の名前の頭文字をつなげてLaGG-1と名づけられた。LaGG-1は小型ながら優秀な戦闘機で、操縦翼面が(後には着陸用フラップも)金属製である以外はすべて木製構造という珍しい航空機だった。出力1,050馬力のクリモフM-105 液冷V型12気筒エンジンを搭載し、LaGG-1は、1940年に量産が命じられたが、1939〜40年のフィンランドとの「冬戦争」には間に合わなかった。
 この間にソ連の戦闘機名称規則が変更されて、主要設計者名を冠したLaGG-1に変更された。そして1940年3月に初飛行に成功した。本来ならばこの後十分な試験を終えた後で量産となるのだが、直前の第一次ソ芬戦争で戦闘機の旧式化が明らかとなり、新機体の登場には一刻の猶予も許されなかった。このため、LaGG-1は試験も100機の量産が命じられ、試験と改良は実施部隊での運用過程を通して行なうとされた。部隊での実用試験は当然ながら不評で、最高速度は所期の性能に達せず、航続距離は短く、機動性も悪く、機体の取り扱いも厄介であると散々な評価であった。
 完全な再設計とエンジン出力の強化が必要とされたが、とてもその時間は無い為、エンジンの換装と共に重量の軽減やできる限りの空力的洗練を行なうとされた。これらの改良が盛り込まれた機体がLaGG-3となる。

改良されたLaGG-3

▲駐機中のLaGG-3 66シリーズ。1943年夏撮影。

 先に設計されたLaGG-1の試作機は1939年3月30日に初飛行したが、当局が航続距離の要求を800kmから1,000kmに変更したために再設計を余儀なくされた。また、LaGG-1は金属を節減するため多用されたデルタ合板で重量がかさみ、高出力エンジンへの換装が要求された。それに応えたのが本機である。
 ドイツがソ連侵攻を開始した1941年6月頃には、まだ2個連隊にLaGG-1が配備されていたが、それから1年以内に4個連隊がLaGG-3を受領し、イリューシンIr-2近接支援攻撃機の援護などを担当した。LaGG-3は、82mmロケット弾6発か小型爆弾を主翼に取り付けるほか、各種の兵装を多様な組み合わせで搭載した。定速プロペラの導入や方向舵バランスの改良も行われた。また、機体が非常に頑丈で、かなりの損傷にも耐えられたことから、部隊では人気が高かった。しかし、さらに優れた戦闘機が至急必要とされたため、3人の設計者はそれぞれ、M-82星形エンジンを搭載する新しい型の製作に着手した。こうして液冷エンジン搭載のLaGGは、1942年に6,528機をもって生産が打ち切られた。

諸 元

ラヴォーチキンLaGG-3

タイプ:単座戦闘機
寸法:全幅9.80m、全長8.81m、全高2.69m、主翼面積17.51㎡
エンジン:出力1,240馬力のM-105PF V型12気筒ピストン・エンジン1基
重量:自重2,620kg、最大離陸重量3,300kg
性能:最大速度575km/h(高度5,000m)、初期上昇率900m/ min、実用上昇限度9,700m、航続距離650km
兵装:20mm ShVAKプロペラ・ハブ発射機関砲1門と12.7mm UBS機関銃2挺または7.62mm ShKAS機関銃2挺、加えて主翼下に82 mm RS-82ロケット弾最大6発または50kg爆弾4発を搭載可能

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp。

公開日 2021/11/25


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