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大鳳

【第101回】大鳳 <艦隊空母>


 「大鳳」は、日本の空母としては初めて飛行甲板に装甲を張った艦であった。1944年6月19日のマリアナ沖海戦でアメリカの潜水艦の雷撃で損傷した後、航空用ガソリンタンクから漏洩して引火したため、大爆発を起こして沈没した。

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技術的に最も進んでいた空母

▲1944年5月、タウィタウィに停泊する「大鳳」。

 空母「大鳳」は、多くの点で日本海軍の空母の中で技術的に最も進んでいた、ユニークな存在であった。日本は1939年に、イギリスの新型空母「イラストリアス」級が装甲を施した飛行甲板を有しているという情報を入手し、この結果第4次軍備充実計画の下で新型の装甲空母の建造が企てられた。1942年6月のミッドウェー海戦で空母4隻を失うという大敗を喫した後には、装甲飛行甲板の必要性がいっそう強調され、その年にはさらに16隻の建造が計画された(実際に完成したのは3隻)。
「大鳳」の設計は、飛行甲板の前後のエレベーター間だけが75mmの装甲で防御されるというもので、イギリスの「箱型格納庫」コンセプトとは大きく異なっている。格納庫は2層で、下段の格納庫には35mmの装甲が施されていた。水線の装甲は、弾薬庫に150mmおよび機械室上部に55mmとなっていた。これらの装甲は大幅な重量の増加を招き、復原力を確保するため、「大鳳」は「翔鶴」型と比較して、水線上の甲板を1層少なくする必要に迫られた。このため、下部格納庫甲板は水線のすぐ上に作ることができたものの、エレベーター用の縦穴の底は水線下になった。
 「大鳳」には最新の防御火器である高速の九八式10cm連装砲が搭載されることになった。また初めて対空警戒レーダーも装備された。航空機は84機を搭載することが望ましいと考えられていたが、結局艦の準備が整うまでに75機しか搭載することができなかった。航空機はあったが、十分に訓練を積んだ搭乗員がいなかったのである。

マリアナ沖海戦

▲空母「大鳳」。後方に空母「翔鶴」を望む。

 「大鳳」は、1941年7月に起工され、1944年3月に就役した。直ちに第1航空戦隊に所属し、「翔鶴」、「瑞鶴」とともにシンガポールに展開した。搭乗員の訓練を終えるとすぐに、第1航空戦隊は第1機動艦隊に加わるため、フィリピン南部のタウィタウィに送られた。6月19日のマリアナ沖海戦の最中、航空機を発進させた直後の「大鳳」に、アメリカの潜水艦「アルバコア」が散開して放った6発の魚雷のうち1発が命中した。ガソリンタンクに亀裂が入ったが、「大鳳」は速力を若干落としただけで、飛行作業を継続できるよう、破壊された前部エレベーターを板で覆う作業の準備が進められた。しかし、気化したガソリンが艦全体に充満しており、魚雷の命中から約6時間後に、何らかの原因(おそらくは電動ポンプのスイッチの接続)で引火し、艦は大爆発した。装甲を施した飛行甲板は裂け、格納庫の舷側は吹き飛び、キールには穴があいて、爆発の約2時間後、「大鳳」は沈没した。わずか3カ月の艦歴だった。

諸 元

大鳳

排水量:基準29,300t、満載37,270t
寸法:全長260.6m、全幅27.7m、吃水9.7m
推進器:ギアード蒸気タービンで160,000馬力を供給し、4軸を駆動
速力:33.3kt(62km/h)
装甲:本文参照
兵装:連装100mm対空砲6基(12門)、3連装25mm対空機関銃15基(45挺)
搭載機:空技廠艦上爆撃機「彗星」30機、三菱零式艦上戦闘機27機、中島艦上攻撃機「天山」18機
乗員:2,150名(士官および下士官)

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2021/05/26


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