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ノーザンプトン級

【第82回】ノーザンプトン級  <巡洋艦>


 「ノーザンプトン」級重巡洋艦は、アメリカ海軍の重巡洋艦の艦級。条約型重巡洋艦の第2グループで1927年度の計画で、6隻の建造が認められ、前級である「ペンサコラ」級重巡洋艦の不具合を改善する事を目的に改設計が行われた。

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「ペンサコラ」級の改造艦

▲1930年代の「ノーザンプトン」。

 アメリカ最初のワシントン条約型巡洋艦は、1929年竣工の2隻の「ペンサコラ」級重巡洋艦であった。この2隻は第二次世界大戦において忙しく活躍したが、基本的な設計についてはあまり成功したとは言えず、窮屈なうえに乾舷が極めて低かった。「ペンサコラ」級は203mm砲10門は連装砲塔2基、3連装砲塔2基という特異な構成で、野心的すぎて船のバランスを損なっていたため、10門あった主砲は1門減らされる代わりに全ての主砲塔を8インチ3連装砲塔に統一し、これを3基9門として火力の低下を抑えつつ軽量化された。
 また、「ノーザンプトン」級重巡洋艦の設計は、「ペンサコラ」級の完成を待たずに始められた。「ペンサコラ」級よりも装甲は強化されたが、砲塔数が減ったため防御重量は軽くなり、その結果ワシントン条約による制限排水量よりも1,000トン近く軽量であった。また、船体を4.4m長くし、「ペンサコラ」級で問題であった凌波性も喫水から艦首まで高い船首楼型甲板を採用することで凌波性が改善された。
 後期に建造された3隻は旗艦として使用するため後部の乾舷が拡張された。本級は艦載機の格納庫を設置し、寝具をハンモックの代わりにベッドを使用した最初のアメリカ軍艦艇であった。

「ノーザンプトン」級の戦い

▲竣工後の「ルイヴィル」。本級から水上機格納庫が設けられた。

 「ノーザンプトン」級6隻のうち、「ヒューストン」は1942年3月のバタヴィア沖海戦で日本軍の集中砲火を浴びて沈没した。「シカゴ」は、1942年8月の第1次ソロモン海戦で日本軍の猛攻を受けて魚雷が命中し、艦首のほとんどを失ったがなんとか生き延びた。しかしガダルカナルの戦場は依然として「シカゴ」を欲しており、修理の後、ガダルカナル島へ補給に向かう船の援護に出向いた際、レンネル島近くで航空機から発射された魚雷によって撃沈された。
 「ノーザンプトン」もまた1942年11月30日のルンガ沖夜戦において、サヴォ島から約3kmの地点で沈没した。「ノーザンプトン」ほか巡洋艦4隻と駆逐艦6隻から成るアメリカの艦隊は、ガダルカナル島への日本の輸送船団である、いわゆる「トウキョウ・エクスプレス」と遭遇した。日本側にとってもこれは不意打ちとなったが、彼らは鍛え抜かれた夜戦の技量を発揮し、不屈の闘志とスピードをもって優位に立った。艦載部隊と補給品が邪魔になったが、日本軍は分隊に分かれ、強力な魚雷攻撃を仕掛けた。アメリカの巡洋艦5隻のうち4隻に魚雷が命中したが、沈没したのは「ノーザンプトン」だけだった。
 終戦まで生き残ったこのクラスの3隻は「チェスター」級と呼ばれ、1960年まで使用された。1945年までに、4連装の40mm機関砲計16門と単装20mm機関砲27門が追加され、対空兵装が強化された。

諸 元

ノーザンプトン級

同型艦(進水年):ノーザンプトン(1929)、チェスター(1929)、ルイヴィル(1930)、シカゴ(1930)、ヒューストン(1929)、オーガスタ(1930)
排水量:基準9,050〜9,300t、満載12,350t
寸法:全長183m、幅20.1m、喫水4.95m
推進器:パーソンズ・ギアード・タービンで107,000馬力を供給し、4軸を駆動
速力:32.5kt(60km/h)
装甲:舷側76mm、甲板51mm、砲塔38〜64mm、砲台38mm、司令塔203mm
兵装:203mm 3連装砲3基(9門)、127mm対空砲8門、3lb(47mm)砲2門、12.7mm対空機関銃8挺
搭載機:水上機4機
乗員:1,200名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2019/10/29


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